大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)3021号 判決 1961年10月12日

控訴人 被告 森田浩 外一名

訴訟代理人 鈴木秀雄

被控訴人 原告 間明幸造

訴訟代理人 五十嵐与吉

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において甲第三号証の一、二の成立を認めると訂正陳述した外、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

東京都大田区東六郷一丁目二四番の三二宅地七二坪一合八勺が、もと控訴人森田浩の所有であつたこと、同控訴人が右宅地の北側四〇坪八合三勺の地上に家屋番号同町二四番の一四、木造セメント瓦トタン交葺平家一棟建坪一四坪七合(実測二一坪七合余)を所有し、この家屋に控訴人両名が居住していること、右宅地七二坪一合八勺は控訴人森田浩の税金滞納のため公売処分に付され被控訴人は昭和三十三年十二月十五日競落によりこれが所有権を取得し、同月二十日その取得登記を経由したこと、以上の事実は当事者間に争のないところであつて、なお右公売処分の当時右宅地及び家屋のいずれにも抵当権の設定がなされていなかつたことは控訴人らの自ら認めるところである。

そこでまず控訴人ら主張の地上権取得の抗弁について考える。

昭和三十四年四月二十日法律第一四七号を以て公布され、昭和三十五年一月一日から施行された国税徴収法(以下改正法という)第百二十七条第一項は、「土地及びその上にある建物又は立木が滞納者の所有に属する場合において、その土地又は建物等の差押があり、その換価によりこれらの所有者を異にするに至つたときは、その建物等につき、地上権が設定されたものとみなす」と規定し、滞納処分による売却の場合にも民法第三百八十八条に規定する場合と同様、建物所有者のために地上権が発生することを明らかにした。そして右改正法条は差押の目的たる土地又は建物につき抵当権が設定されていると否とにかかわらず適用されるものと解し得られる。従つて右改正法施行後に行われた公売処分については地上権発生の有無につき多く論議する余地はなくなつたわけであるが、本件のように改正国税徴収法施行前に行われた公売処分については、当時の国税徴収法(旧法)その他に前示法条のような明文がみられない関係上疑義の存するところである。問題は要するに改正国税徴収法の施行前の公売処分についても民法第三八八条の規定を準用して前示改正法第一二七条第一項と同様の結論を導くことが至当であるか否かに帰着する。

いうまでもなく民法第三八八条は、土地及びその地上に存する建物が同一の所有者に属する場合において、その土地または建物のみを抵当としたとき、抵当権設定者は競売の場合につき地上権を設定したものとみなす旨を規定したのであつて、同条にいわゆる「競売の場合」とは土地または建物に抵当権の存する限り単に競売法による抵当権実行のための競売のみならず、民事訴訟法による強制競売の場合、あるいは国税徴収法による公売の場合をも含むものと解し得られなくはない。しかし本件の場合のように、同一の所有者に属する土地及び建物のいずれにも抵当権の設定がなくして、土地(もしくは建物)のみが公売処分に付された結果、土地と建物との所有者を異にするようになつた場合にも民法第三八八条の法意に鑑み法定地上権が設定されたものとみなすべきかどうかについては異論の余地なしとしない。

思うに建物は土地の利用関係を伴はずしては存立し得ないものであるから、建物につき、いやしくも建物としての効用を有する独立の不動産たる価値を認めんがためには、土地の利用関係は建物に対し不可欠の附随関係にあるものとみなければならない。されば建物の取引については通常その敷地たる土地の利用関係を伴うものとみるべきであり、また建物のある土地が取引せられるときはその土地は原則として建物のための利用関係によつて制限されたものとみるべきである。もちろん土地とその地上の建物とが同一の所有者に属する場合には建物存置のための土地利用関係は潜在的なものでこれを現実化する必要はない。また所有者の意思によつて土地または建物のいずれか一方を他え譲渡するときは、当事者は賃借権もしくは地上権などの設定によつて建物存置のための土地利用関係を現実化し得るのであるから特に法律の干渉を必要としない。しかし同一所有者に属する土地または建物の一方に抵当権を設定するときは将来抵当権の実行された場合土地と建物の所有者を異にする事態の生ずることは十分予測し得るけれども、土地または建物の競売前に予め建物存置のための土地利用関係を現実化することは理論上不可能であるし、さればといつて競売の際に現実化することも事実上不能に近い。そこで右の利用関係を現実化することが理論上可能となつたとき、すなわち競売の行われたときに右利用関係が法律上当然現実化するものと擬制したのが前記民法第三八八条の規定である。要するに右の規定は本来建物が土地を離れて存在し得ないものである関係上、できるだけ建物としての存立を完うせしめんとする国民経済上の必要に根ざした公益上の理由によるものであつて、当事者の意思によつても右規定の適用を排除し得ないものと解し得るのである。そして以上説明した民法第三八八条の趣旨から考えると、本件の場合のように、同一の所有者に属する土地及びその地上の建物のうち土地だけが税金滞納による公売処分に付された結果、土地と建物との所有者が異なるに至つたときは、右土地及び建物のいずれにも抵当権の設定がなく、従つて公売処分が抵当権に関係なくして行われたものである場合でも、民法第三八八条の趣旨を類推して滞納処分としての土地換価のとき換価の目的たる土地の所有者において建物存置のために地上権を設定したものとみなすのを相当とする。土地または建物が公売に付された場合には、買受申出者は通常、地上に建物が存在する現実を十分考慮して競買もしくは入札の申出をするものと認められるから、右のように解しても競落人(落札者)に不測の損害を与えるものとは認めがたい。改正国税徴収法が前示のような規定を設けるにいたつたのも、右のように解することを至当としこれを明文化して疑義を一掃しようとする考慮に出たものとみることができなくはない。そうすると控訴人森田浩は前記宅地が公売処分により被控訴人の所有に帰したときその地上に存する前記建物の敷地部分について法定地上権を取得するに至つたものというべきである。

被控訴人は、仮に借地権(地上権を含む趣旨と解し得られる)が設定されたとしても控訴人浩は昭和三十四年二月十五日被控訴人に対し前記建物の敷地を借り受ける意思はないと表明したと主張するが、右法定地上権が解消された事実を認めるに足る証拠はない。

果して然らば控訴人森田浩は、本件宅地の所有者たる被控訴人に対し、前記家屋の敷地について生じた法定地上権に基ずいてこれを占有し得るものといえるから同控訴人の無権原占有を前提とする被控訴人の同控訴人に対する本訴家屋収去土地明渡の請求及び賃料相当の損害金の請求はすべて失当であるとしなければならない。

また控訴人森田浩においてその所有にかかる前記建物をその敷地上に存置し得る正当な権原を有する以上、控訴人森田審二(控訴人浩の弟)が右建物に居住しているからといつて、不法に右建物の敷地を占有しているものとはいえないからして、被控訴人の控訴人森田審二に対する本訴請求もすべて理由がないものというべきである。

以上の次第であるから被控訴人の本訴請求は全部失当として棄却すべく、これと反対の趣旨に出でた原判決は失当であるから取消を免れない。本件控訴は理由がある。

よつて民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本仙一郎 判事 堀田繁勝 判事 野本泰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例